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モーラー奏法とそれを広める人の功罪

僕が打楽器を始めた頃。

まだインターネットはナローバンドが主流で、動画サイトもなく。今ほど簡単に奏法についての情報を仕入れることができませんでした。
そもそもあの頃の僕は「吹奏楽こそ正義!オケこそ正義!他の音楽はあかん!」みたいな暗黒面に落ちていたのでw
奏法自体研究とかしてなかったんですね。

今の時代はとても便利ですね。僕自身ドラムを演奏している動画を幾つかyoutubeにアップロードしてるし、偉大なドラマー達の演奏をがんがん見ることができる。

1アマチュアドラマーたる僕がこうやって情報発信をしていくこともできるわけです。ほんと便利だ。


ただ、そういった情報の手軽さによってすごく一意的な考えが跋扈することもあります。
今日はその中でも「モーラー奏法」について。書いていこうと思います。
別段モーラー奏法を批判するわけではないのでw僕も影響を受けていますし。




ドラムをやっていく上で情報を調べていくと、「モーラー奏法」というものにたどり着くことがあります。

結構大々的にとあるスクールが宣伝していることや、そこに所属するドラマーたちの広報あってのことだとは思いますが。

僕も大学入ってすぐの頃、この奏法に行き当たりました。

スクールの宣伝文句曰く
「日本の伝統的奏法は間違っている。モーラー奏法こそ人体に正しい奏法であり、ドラマーたちはこれを学ぶべきである」

また、ここで修行をしたドラマーは「誤っている奏法ではなく正しい奏法を皆学ぶべき」とTwitterで書いていました。

僕はこれを読んでものっそ反感を覚えました。


まず、「正しい奏法」など存在しないということ。
同時に「誤っている奏法」もまた存在しないということ。
それは僕の中での信念でもあります。

フォームが綺麗であればいいのか。フォームが汚かったらだめなのか。

それは求める音楽の種類にもよりますが、その演奏者がよしとすればそれは別段気にすることではないのです。


例えばX JAPANの演奏。ドラマーYOSHIKIはかなりしんどい体の使い方をしています。

それが悪いことかというと、そうではありません。

彼のその暑苦しくドラムを叩く姿。必死こいてドラム叩く姿に憧れる人々はとても多い。

だからこそ、あのバンドはとても人気なのです。同じフレーズで同じ音をそつなく叩いても、彼より人気が出ることはないんじゃないですかね。

僕自身X JAPANは好きではありませんが、彼のあの姿が人々を惹きつけるのは大いに共感できます。

あのバンドは、あの叩き方でないと。


それをね。モーラー奏法以外を「誤った奏法」だとか言うのってとても失礼な話だと思うんですよね。

そもそも「正しい」「誤っている」という価値判断基準というのはとても主観的。人によるもの。
存在するのは「好き」か「嫌い」かでしかない。

「人体力学的に正しい」は確かにあるのかもしれません。合理的ということでしょう。

ただそれを「正しい奏法」に拡大して話をするのはおかしいんじゃないですかね。

音楽とは様々なアプローチによって成立するもの。

一つの楽器をいろんな鳴らし方をして楽しむ。

ドラマーで言うとジョジョ・メイヤーとかまさしくそうです。スネアに物乗せて叩いたり、ハイハットのトップを取り外して使用したり。

そういった試みが新たな音楽を生み出し、インスピレーションを喚起するのだと思います。

「正しい」や「誤っている」という言葉は、試み自体を否定しかねない。

いくらモーラー奏法が有用なものでも、あんなことを書いちゃだめだと僕は思うのです。



それ言い出したら軽音楽自体だめですからねwオケ至上主義になりますよそんなもんw

また、奏法はあくまで手段です。

演奏者にとってそれは「自分の好きな音を出す」ための手段であり、目的ではない。

研究者であり、演奏者でないのならば別に構わないのですが。

我々演奏者が奏法を目的にすることは少しピントがずれているのではないか、とも思います。

いくらそれが優れている奏法でも、それを使って僕らが何をするか。
僕はその内容自体を追求していきたい。

モーラー奏法は僕も使いますよ。だけど、そこじゃない。大事なところは。

自分の出したい音を探し、その上でその奏法が有用であれば考えればいい。

ただ、それだけのことなんです。


某ドラムスクールもそうですが、「正しい」だの「誤っている」だのを書く人が目についたので勢いで思わず書いてしまいました。

音楽は自由。好きなようにアプローチしていけばいい。

それでそのアプローチを誰かが「いいね!」って言ってくれたら。それってとても嬉しいなって。

なんでも試してみるしかない。奏法を「誤っている」だの「ただしい」だの判断している暇があれば、様々な試みをしてみることこそ大事なんじゃないかな、って思います。


練習が足りてなくってストロークが汚い、などがあれば改善していくべきでしょう。

しかし、信念を持ってその奏法を選択しているのなら、それを貫き通すこともまた一つの道だと。


「自分の音」とは何なのか。それを探すにはたくさんの試みが必要だと。

規範に外れた音の出し方も時には必要だろうと。僕は思うのです。
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No title

感心しました。確かにそうですよね。
結局ドラムは「エンターテイメント」であって、演る人・見る人が楽しんでいればそれで良いんですよね。

貴方の寛大なドラム観に憧れます!
プロフィール

たつとむ

Author:たつとむ
ドラマー、パーカッショニスト。
6年間の吹奏楽生活の後、ドラムセットを菅沼孝三氏、マーチングスネアを中部敬之氏に師事。
現在は広島県で活動中。
レコーディング、サポート、レッスンなど随時受付中ですので、メールフォームからお願い致します。
自転車もやってるよ!
使用機材
楽器
Snare Drum Ludwig LM400BT
Electric Drum Roland TD-9KXS
cajon DG Kiyo,channy
Cymbals:paiste 2002,twenty
guitar:duesenberg starplayer V

自転車
GT GTR Series4 LTD (SRAM rival)
MONGOOSE TYAX (Shimano DeoreLX&XT)
Panasonic PCT-3000(Shimano ultegra 6800)
Oribike M10

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